第63号
平成23年(2011年)6月1日発行
 平成23年度 三原市老人大学入学式

  4月13日(水)三原市文化センター(ポポロ)において、 ご来賓多数のご臨席のもと、入学式が執り行われた。

 白須学長の式辞に続いて、五藤三原市長、高下三原市議会議長、永井教育長の祝辞、学生を代表して橋本洋子さんの「入学のことば」等々があった。  学長は式辞で「高齢者だからと甘えないで、『何をして貰えるか』でなく『何ができるか』を考え、できることから始めよう。」と、橋本さんは「学んだことを生かし、社会に貢献できる力をつけたい」と抱負を述べ、更に「『学んで輝き伝えて輝く』に加え、身近なところから希望の種を蒔いて行こう」と、それぞれ新入生に呼びかけ、校歌斉唱で式を終了した。

 最後に入学式記念公演『小畑佳子ミニコンサート』が開かれた。会場は、美しい歌声につつまれ、懐かしい数々の歌、特にアンコール曲は笑いを誘い、和やかな中、幕を閉じた。
 
 式 辞            学長 白須 義人
 
 
 

五藤市長、高下市議会議長、檜山教育委員長をはじめご来賓の皆様方のご臨席、講師の皆様方のご列席のもと、入学式を挙行できますことは、大きな喜びであります。

 延べ1500名を越える学生、大学院生の皆さん、今年度も元気で、新たな挑戦に意欲を燃やし、入学されたことに、心からお祝い申し上げます。

 終了はあっても卒業が無く、健康で意欲さえあれば、いつまでも学習し続けられる、全国に も類のない理想的な生涯学習の場です。

 学ぶことから夢は次々に広がります。この大学で大きな遣り甲斐、生き甲斐を見出してください。

 3月11日東日本を襲った未曾有の大地震と大津波により、亡くなられた人と行方不明者を合わせると2万7千人をはるかに越しています。被災地の入学式、始業式は4月下旬や5月に遅らせる自治体も多く、再開の目途がたたない学校も数百に上るといわれています。どんな時代でも、学び続けることが民族の力です。わが国の明治の発展も、戦後の復興も教育のレベルの高さがあったからです。わが国の将来を担う多くの児童生徒の前途を入学式で祝福できないことは心が痛みます。

 16万人にのぼる避難生活をしておられる方々は、衣食住が不足しても礼節を失わず、混乱もなく整然と生活をされています。敬服するとともに、日本人のすごさに驚き、日本人としての誇りを感じます。

 この危難に耐え、立ち上がろうとしておられる姿を見て、世界中の多くの人々が日本人の偉大さを改めて見直し、尊敬の眼で見ているようです。 この災害を機に、眠りかけていた日本人の気概と和をもって貴となす、という連帯意識が目覚めることを期待します。

 高齢者だからという甘えを捨てましょう。そして、身の回りで「何をしてもらえるか」ではなく「何ができるか」を考え、できることから行動に移すことが大切だと思います。  
 
 
 
 
 
入学のことば             学生代表 橋本 洋子
 東日本大震災は、世界最大級の地震と津波に加え、原発からの放射線漏れ事故という日本では、過去の例を見ないほどの被害となり、ことばがありません。このような中、三原市老人大学の入学式が無事挙行できますことは、本当に有難く、深く感謝いたしております。

 三原市では昭和48年高齢者教室として、早々に生涯学習の実践に踏み切り、昭和50年に三原市老人大学と改称され今日を迎えております。

 年を追うに従って、私たち一人ひとりが、生涯学習の大切さを自覚できるようになったと自負しております。3月には老人大学事務局からの入学通知を待ちわび、共にまなぶ友の顔を思い浮かべたものです。 本年度は、31教科・63コース、1540余名の方が入学いたします。

 三原市老人大学開設の趣旨は、学生相互の協調を重視し、社会に貢献しながら、より豊かな生活を築くことにあります。 私達は生涯学習のできる幸運に甘んじることなく老人大学のそれぞれのコースで学んだことを基に、社会貢献できる力をつけていきたいと願っております。

 作家の村上龍先生は「大地震、大津波は多くの生命と財産を奪っていったが、一方で、日本人は再び、希望の種を蒔こうとしている・・・・。」と語っておられました。 私達は「学んで輝き伝えてかがやく・・・」に加えて身近な所から希望の種を蒔いて行こうではありませんか。
★ お断り  紙面の都合で「式辞」「入学のことば」を要約しました。  
 
 
 
 
 
 
 小畑 佳子ミニコンサート    ピアノ  生塩 公光子  
 
プログラム  
 下牧子「愛する歌」より         
♪春の小川   ♪朧月夜 ♪夢路より  ♪ロンドンデリーの歌   ♪ユレル
♪誰かがちいさなベルをおす  ♪ロマンチストの豚  ♪雪の街 ♪さびしいカシの木  ♪千の風になって 
入学式関連写真提供  パソコン大学院1コース        森田 邦彦氏   
 
 
 
 
 
 
 三原市老人大学 40周年記念行事について  
 
 昭和48(1972)年6月13日、三原市高齢者教室として産声を上げ、開設当初は65歳以上を対象として発足。 昭和49年4月、三原市老人福祉大学に改称。

 昭和50年4月三原市老人大学に改称。この間、紆余曲析を得ながらも平成14年11月、三原市老人大学30周年記念式典を実施した。 それから数えて、平成24年度は40周年記念行事の年。

 ちなみに、本年度は31教科63コース。総受講者は4月1日現在、1536名。三原市老人大学始まって以来、最高となり記念行事に華を添える形となった。 【事務局】  
 
 
 
 
 
新設講座                                                          
 今年度は「歌謡」と「パッチワーク』の講座が新設された。老大の活性化につながると期待されている。 コースの紹介を先生方にしていただいた。  
 
歌謡コースの紹介       講師      有木(ありき) 侑(すすむ)
 平成23年度より歌謡コースが新規に開講しますが、本科コースとして開講に至るまでの経緯と歌謡コースの内容について概略を紹介いたします。  

 昨年度まで前身として歌謡クラブと呼ばれるグループあり、本校の教室に於いて月々の新曲にチャレンジし、各自の持ち歌に加える活動をして来ました。振り返って見ますと、その歴史は永く十年以上になります。その起源については、それぞれの本科コースに所属する歌謡愛好者の発案で歌謡クラブを結成され、講師に上窪利紀先生を迎え発足しました。その後、上窪先生のご都合で、私と交代したのが平成15年度ですから7年間も経ちます。

 今年度からは、本校事務局の皆さんや歌謡クラブ代表者、または、クラブ員一同のご尽力で、念願であった本コースになりました。皆さんの力添えに厚く感謝しています。

 歌謡コースの内容ですが基本的には、毎月第2・第4土曜日の10時〜11時30分で、1時間30分のレッスンです。詳細は次のように予定しています。 第2週=選曲された(でき るだけ皆さんの要望に応じて曲 の紹介・譜面を基にポイントの 説明。 初歩の楽譜の見方説明・全員でメロディー習得レッスンします。  

◎ちなみに演歌が主体です。若者が好むポップス・歌曲については実施しません。             

 第4週=輪番で個人歌唱(強制でなく拒否を認めています)し、不足部分のフォローを行います。

 従来も、老人大学学習発表会に合わせて、歌謡クラブ員と本科に在籍される人達にお願いをして、中央公民館に於いて歌唱発表会を行いましたが本年度は、本郷カラオケ教室との合同発表会を事務局とご相談し、検討も必要かと考えています。

 ここで私の歌(カラオケ演歌)への思いを述べさせていただきます。演歌即カラオケと思われ易く極一部の人々から忌嫌われて来ましたがカラオケは今、日本ばかりでなく世界の文化の一部と位置づけられています。

 三原市内においても私設のカラオケ教室は十指に余る程存在し、高額な授業料を払っても通う人達の数は計り知れません。また、成果の発表会は毎月の如く大きな会場で開催され出演者は、出演料・衣装代・美容院など、かなりの出費と想像します。 人それぞれ価値観が異なるので、一方的にそれが悪いと言えないけれども、あまり華美に流れる風潮は賛成しかねます。 歌を唄うのはあくまでも音を楽しむ事が目的であり、競い合うものではないと思います。  
 
 
 
 
 
パッチワークキルト         講師 永島 涼子  
 
 平成23年度より新講座パッチワークを開講しました。

 お話があったのは、昨年の10月でしたので、まだ半年もあると、のんびりと考えていましたが、長い準備期間が有ったにもかかわらず、何も出来ないまま、あっという間に時がたち入学式、第一回目の講座が始 まりました。  

 初日は、インホメーション、自己紹介、役員選出、等々。  私にとっては何分にも初めてのこと、戸惑うばかりの一日でしたが、老大経験の有る皆様方に、助けられ何とか乗り越えました。  

 これからは、皆さんのパワーに負けない様にキルトの魅力、手作りの楽しさを伝えて行きたい、と思っています。

 私はいつも教えることは、教えられることと、思っていますのでこれからは、楽しく素敵な作品作りの、お手伝いをして行けたらと思っています。  
 
 
 
 
 
歳との戦い           パソコン院1 横内 亮三  
 
 現役を退職してから始めた「山登り」が現在の最大の趣味となっている。最初は近所の山から始め、「三原山の会」へ入会してからは、徐々に行動範囲を広げ、今は日本アルプスの山々へ行くまでになった。

 更には雪山の楽しさも覚え、身の丈に合ったコースをアイゼンやスノーシューで楽しんでいる。しかし、これが何時まで続けられるか?加齢と共に低下する体力。それをいかに最小限に食い止めるかに懸っている。その為に、日頃から体を鍛えるしかない。2日に1回は自宅近くを3時間かけて歩き、その途中にある百段の階段を30往復する。

 それをしない日は、筋トレを1時間以上行う。最近思うのは、肉体的なトレーニング以上に気力の方が大事だと思うようになった。と言うか、精神的な若さをいかに保つかが最も重要だと。その為には、どうすれば良いのか?それを模索する、今日この頃である。老人大学で料理やパソコンを習うのもその模索の一つである。 
 
 
 
 
 
古里の小島          パソコン院1 高橋 五夫  
 
 瀬戸内海に潮の満ち干で島の姿を変える、小さな島がある。伊勢・二見ヶ浦の「夫婦岩」に似ている。

 私はこの島を眺めながら、海辺に近い古里の家で育った。

 引き潮になると、この島は、手をつなぎ合ったように、海辺に砂利や海藻などが現れる。満潮時、瀬戸の海に夕日が沈む頃になると、この島は二つの島に離れて、夕日を受けて、静かに海に浮かんでいるように見える。

 私はこの島の本当の名前は知らなかった。先日歴史館でしらべると、二子島と名付けてあった。生前父が持っていた小船で、私はこの島の近くに、よく魚を釣りに出かけたものだ。この島の近くには、昔からの古い商船学校(現広島商船高専)があった。一学年50人の学生が、寮生活をしていた。私もその中にいた事もある。私の古里といっても、今は誰も住んでいない。  

  しかし瀬戸内海の潮の満ち干で、島の姿を変えてくれる、懐かしい小島がいつまでも、私   の脳裏から、はなれない。  
 
 
 
 
 
同級生は最高       パソコン院1  菅 郁子  
 
 
 高校の還暦同窓会以来、年に一度、現地集合・解散の1泊旅行が開かれています。今年は卒業50周年ということで修学旅行コースの箱根・伊豆方面へ2泊しました。

 36名の参加でしたが50年ぶりに会う人もいて、一瞬「誰?」とささやいたものの名前がわかるとすぐに学生時代に戻りお喋りに花を咲かせました。枕投げこそしなかったものの、気分は高校生。楽しくて、楽しくてみんなステキな笑顔でした。  

 同級生というのはなんの遠慮もなく言いたいことが言える素晴らしい関係です。年を重ねる程にお互いの存在が大切になり、財産になりつつあります。この関係が少しでも長く続くよう健康に過ごしたいものです。  
 
 
   編集後記  
 
 
 今回はPC院@が担当でした。投稿いただいた皆様有難うございました。

 次回はPC院Aが担当します。